『錯覚の科学』~The Invisible Gorilla |
注意力の錯覚の例として、「ゴリラの実験」とも言うべき興味深い実験結果が報告されている。実験用のビデオはこんな様子だ。それぞれ白シャツと黒シャツを着たバスケット選手が試合をしている。実験の参加者にはこのビデオを見てもらい、白シャツの選手のパス回数を数えてもらう。黒シャツの選手のパスは無視する。ビデオが終わった直後に、参加者にパス回数を答えてもらうというもの。
実験では実はパス回数は問題ではなかった。パスを数えてもらったのは参加者の注意を選手の動きに集中させるためであった。ビデオの途中で、ゴリラのぬいぐるみを着た女子学生が登場し、選手のあいだに入りこみ、カメラのほうに向かって胸を叩きそのまま立ち去ったのだ。
参加者の半数はゴリラに気づかなかったそうだ。まわりの世界は鮮明に見えてはいても、現在集中していることから外れた部分は、まったく見えないのだ。予期しないものに気づきにくい。たとえ目立つ物体がすぐ目の前に現れたとしても。
◆こちらから、実験のビデオを見ることができる こちら
視覚的に目立つものや異常なものがあれば、絶対的に自分の注意まるを引くはずだと思い込む、だが実際にはまったく気づかないことが多い――注意力の過信だ。人間の脳にとって、注意力はゼロサムゲームである。ある場所、目標物、あるいはできごとに注意を集中すれば、必然的にほかへの注意がおろそかになる。脳の構造も、つねにまわりの世界をすみずみまで知覚するようにはできていない。
いくら気をつけても、自分の注意を引くものへの、直感的かつ誤った思い込みは、簡単には防げそうにない。だが注意力の錯覚が起きることを自覚すれば、その予測のもとに行動を変え、錯覚に引きずられるのをやめることができる。
◆『錯覚の科学』クリストファー・チャブリス&ダニエル・シモンズ著、木村博江訳、文藝春秋、2011/2
(本書の原題は"The Invisible Gorilla")