篠田節子:『マエストロ』 |
たしかに、題名からうかがえるように、音楽小説である。篠田さんの音楽的素養の深さがうかがえる。自身でもチェロを弾くという話を聞いた覚えがあるが。主人公の美人ヴァイオリニストの心の動きが書きこまれている。演奏前の緊張ぶりとかベートーヴェンに取り組む心理的葛藤とか。
あとがきによれば、著者は「殺人無き犯罪小説」に取り組みたかったとのことだ。そういえば、終局になってようやくミステリーだったな気づいたが。純粋に音楽小説として楽しみたかった。ヴァイオリンの名器をめぐる業界の内輪話、音楽マーケットの貧弱さ等、いろいろ興味深い話が展開していたので。
現実の事件に刺激をうけているのは明らかだが。かつて芸大教授が、弟子にヴォイオリンを斡旋したおりに、楽器商からリベートを受け取り、それが斡旋収賄の罪に問われたという事件を覚えている。
小説に繰り返し登場するのが、ベートーヴェンとコレルリのヴァイオリン・ソナタ。それもベートーヴェンの《クロイツェル》が、コレルリのソナタが対比される。手持ちのCDにコレルリが見つからないので確かめられないのが残念。
◆『マエストロ』篠田節子、角川文庫、平成17(2005)/11
(既刊の『変身』[1992/9]を加筆修正、改題したもの)